私らしい働き方を探して③🌱|辛かった納期確認の仕事が、好きになるまで

昼の光が差し込むオフィスで、受話器を持って電話をする女性の後ろ姿の水彩イラスト。デスクにはカレンダーと書類。「辛かった仕事が、好きになるまで|私らしい働き方を探して③」の文字入り 働き方

こんにちは、ふっちんです😊

「私らしい働き方を探して」、第3話です。

前回は、睡眠4時間で働いていた13年間のお話でした。

私らしい働き方を探して②🌱|睡眠4時間で走った日々、当時の夢は「慎吾ママ」でした
6人家族の食事作りとフルタイム勤務で、睡眠4時間だった日々。定時で帰れない職場、正解のない毎日の献立、深夜のスーパー。それでも走り続けられた理由と、当時のささやかな夢「慎吾ママ」のお話です。

義妹が引っ越し、娘たちも家を出て、家のことが少しずつ軽くなった頃。仕事のほうでも、社内で異動がありました。

今回は、その異動先でのお話です。

正直に言うと、最初はあまり楽しくありませんでした。

異動先は、間接貿易の部門でした

それまでの13年間は、輸入の仕事でした。海外の取引先とメールやファックスでやり取りをして、書類をパソコンに入力する毎日です。

新しい部署は、「間接貿易」を担当するところでした。

海外から直接輸入するのではなく、国内のメーカーさんから仕入れる部門です。

やり取りの相手が、海外から国内のメーカーさんに変わります。それだけでなく、商品が入荷する前のチェックなど、実際にモノに触れる仕事も入ってきました。

書類だけを見ていた13年から、人とモノに触れる仕事へ。

「新しいことを覚えるのは大変やけど、面白そう」

最初は、そう思っていたんです。

納期確認という仕事

私が担当したのは、主に納期確認でした。

簡単に言うと、メーカーさんに「予定どおり間に合いますか?」と確認していく仕事です。取引先への納品が遅れないように、事前に、何度も確認します。

ところが、これが順調にいくことのほうが少ないんです。

  • 生産が遅れている
  • 不備が見つかって、作り直しになった
  • 材料が間に合っていない

こういうアクシデントが、次から次へと出てきます。

そのたびに私は、受注数を予測して、「せめてこの数だけでも間に合わせてほしい」とお願いに行くわけです。

まるで取り立て屋のようでした

これが、本当に辛かったんです。

相手だって、わざと遅らせているわけではありません。事情があって遅れている。それは分かっています。

でも私は、確認して、催促して、また確認して、また催促する。

まるで取り立て屋のような気分でした。

電話をかけるたびに、気が重くなります。「またこの人から催促の電話や」と思われているんじゃないか。そんなことばかり、考えていました。

13年やってきた輸入の仕事でも、もちろん納期の確認はありました。

でも、相手は海外の取引先です。メールやファックスで「いつになりますか」と問い合わせる形で、基本的に、電話で催促することはありませんでした。

それが今度は、催促が仕事の中心になりました。

人が相手の仕事は、こんなにしんどいのか。異動してしばらくは、そう思っていました。

「お客様が待っている」と気づいた日

いつからそう思えるようになったのか、はっきりとは覚えていません。

ただ、あるとき気づいたんです。

この商品を待っているのは、私でも、会社でもない。

注文して、届くのを楽しみに待っているお客様がいる。

通信販売ですから、注文した方は「いつ届くかな」と待っています。カタログを見て、悩んで、決めて、注文した商品です。

それが届かないというのは、その人の楽しみが、一つなくなるということでした。

そう思えてからは、電話の中身が変わりました。

「納期はどうなっていますか」ではなく、

「この数だけは、なんとか間に合わせてほしいんです」

催促ではなく、お願いです。やっていることは同じなのに、自分の気持ちが、まるで違いました。

不思議なもので、そうやってお願いするようになってから、相手の反応も変わってきた気がします。

船便では間に合わないとき

それでも、どうしても間に合わないことがあります。

そんなときに出てくるのが、「AIR便」という選択肢でした。

通常は、船便で運びます。時間はかかりますが、費用は抑えられます。一方でAIR便、つまり飛行機で運ぶと早く届きますが、費用はぐんと上がります。

そこで、私の出番です。

  • AIR便だと、いくらかかるのか
  • 船便より、何日早く届くのか

これを調べて、社員さんに報告します。

最終的に採算が合うかどうかを判断するのは、社員さんの仕事でした。私はパートですから、そこは決められません。

でも、その判断をするための材料は、私がそろえるんです。

社員さんが「よし、これでいこう」と決めたら、私が国内のメーカーさんに依頼をかけます。

締め日に間に合った日

そうやって動いて、締め日に間に合ったときの達成感は、格別でした。

「よっしゃ、間に合った!」

間に合わないかもしれない、と思っていたものが、なんとか届く。

自分が調べた数字が判断の材料になって、自分がかけた電話が結果につながる。パートの私にも、できることがあるんやと思えた瞬間でした。

書類を入力していた13年間には、なかった感覚です。

気がつくと、あんなに辛かった納期確認の仕事が、いつのまにか好きになっていました。

和やかだった、あの職場

仕事の中身だけではありません。この部署は、雰囲気もとてもよかったんです。

社員さんもパートさんも、みんな仲良し。

毎月ランチの誕生日会をひらいて、その月に誕生日を迎える人をお祝いしていました。仕事中も雑談をしながら、和やかに過ごせる環境です。

前の部署が厳しかったぶん、この空気はありがたかったです🍀

働き方の面でも、大きな変化がありました。

家族の病院の付き添いなど、理由があれば、有給休暇やフレックスタイムを使って、ゆっくり出勤したり、早退したり、お休みしたりできたんです。

会社の規定にある権利を、ちゃんと使える。

毎年有給を捨てていた私には、それだけで新鮮なことでした。

家に帰れば献立地獄も終わっていて、職場では気の合う仲間がいて、仕事にもやりがいがある。

あのころが、いちばん穏やかだったかもしれません。

おわりに

この部署での生活は、8年以上続きました。

残業する日もかなり減って、仕事にもすっかり慣れて。前の13年間とは、まるで違う穏やかな日々でした。

こうして書いてみると、私にとって大事だったのは「何の仕事か」ではなかったのかもしれません。

自分のやったことが、誰かの役に立っていると思えるかどうか。

一緒に働く人と、気持ちよく過ごせるかどうか。

その2つがそろっていた時期は、忙しくても、しんどくありませんでした。

このままここで、定年まで働くのだろうと思っていました。

——けれどある日、この居心地のいい職場を離れることになる出来事が起こります。

そのお話は、次回に書きたいと思います。

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シリーズ第1話はこちらです😊

私らしい働き方を探して①🌱|長い専業主婦から、もう一度働きたいと思った日
長い専業主婦生活を経て、もう一度「働きたい」と思った日のこと。ハローワークではご縁がなく落ち込みましたが、諦めずに再就職できた体験談です。再就職に一歩踏み出せない方へ、50代の私の歩みが届きますように。

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